ラブ・ライフハック

「自由な毎日を過ごし、幸せに生きる」二人のブログ

パターン化された愛情表現と、愛の習慣

朝目を覚まし、シャワーを浴び

歯を磨いて、髪にジェルを付ける。

 

人間の一日の行動の半分以上は

考えずとも、無意識に体が

やってくれているんじゃないかと思う。

 

それを習慣、と呼ぶのだろう。

 

日常生活における習慣作りが

重要視されているのも納得だ。

 

そんなことを考えながら

眠りにつこうと寝床に入り

「おやすみ」のキスをしたとき。

 

ふと気が付いてしまった。

 

僕たちには

「決まったパターンのやり取り」が多い。

 

阿吽の呼吸、つうと言えばかあ、

目が合ったらポケモンバトル。

 

誰かが決めたわけでも、

法律で定められたわけでもないのに

 

二人の間で、暗黙の了解で決まっている

「コミュニケーションの型」が多いのだ。

 

特に、愛情表現の種類が多い。

それもとんでもなく多い。

 

「愛の習慣」とでも言おうか。

 

朝起きて、仕事の支度をして

家を出るまでの30分の中にも、

すでに10個以上ある。

 

例えば、髭剃りをしたとき。

 

髭剃りのチェックは、

彼女の目視だけではなく

必ず彼女と頬ずりする。

 

「今日もしゅべしゅべ!」

というお墨付きをもらって、

ようやく僕の髭剃りは完了する。

 

用意もあらかた終わって、

今日も一日頑張るぞ!

と気合を入れるときは、

 

「えいえい?」と聞くと

「おー!」の代わりに

「好き~!!」と返ってくる。

 

そして出勤時。

 

玄関までのお見送りと、

いってらっしゃいのキスがあるのは

大前提として(この時点で相当嬉しい)、

 

玄関までの移動は、

僕が彼女を後ろから抱きしめながら

ムカデ競争のように歩いていく。

 

僕たちはこれを

「好き好きトレイン」

と呼んでいる。

 

これでもわずか一部、かつ

かなり控えめなほうだ。

 

とにもかくにも、僕たちには

「パターン化された愛情表現」

が非常に多い。

 

当然、義務ではないので、

「しなければならない」

と思っているわけではない。

 

習慣として身についている、

といったほうが近しい。

 

寝る前の歯磨きや、

トイレの後の手洗いのように

自然と体が動いているのだ。

 

もっと素敵な表現をするならば、

意識せずとも、考えずとも

愛を伝えあっているということだ。

 

昔、国語の授業だっただろうか。

同じような文を読んだ記憶がある。

 

たしかあれは発達障害を持つ子供との

コミュニケーションの話だったと思う。

 

本のタイトルも作者も覚えておらず、

内容もあいまいではあるが、

 

発達障害の子供に 

「鶏肉のヘリコプターに乗るとどうなるの?」

と聞かれると、

 

「そんなものに乗ったら、

油でべとべとになっちゃうよ」

 

と返すやり取りを一日に何度もする、

そしてするたびに子供が安心そうに、

満足そうにする…

 

という話だったと思う。

 

そのエピソードから、作者は

言葉のやり取りには、意図や考えの

伝達機能があるのはもちろんだが、

 

「言葉のやり取りそのもの」により

安心感を持つことができる機能が

あるのではないかと思っている

 

といった内容だった(はず)。

 

問題自体は難しく、ほぼ全問不正解で

怒りのあまり発狂して

全裸でブレイクダンスをする寸前だったが。

 

だが、それに近しいものを感じる。

 

僕たちの「愛の習慣」も

一つ一つのやりとりの中身は

もちろんのこと、

 

「やりとりをすること」そのものにも

喜びを感じているのだろう。

 

やり取りの中身で愛を感じ、

そして「やりとりをすること」

そのものにも愛を感じる。

 

愛の習慣を繰り返すことで、 

日々、お互いの愛情を

強く大きくしている。

 

定型化されたパターンのやり取りは

一見味気なく見えるかもしれない。

 

だけど、少なくとも僕たち二人は

その数多くあるパターンのやり取りで

愛を確かめ合い、伝えあっている。

 

毎日毎日、たくさんの方法で、

何度も愛のやり取りをしている。

それも、無意識のうちに、だ。

 

愛情表現の方法は、

キスやセックスだけじゃない。

 

「好き」「愛してる」と

言葉で伝えることだけでもない。

 

二人だけにしかわからない、

そして二人しか理解できない、

そんな愛情表現があるはずだ。

 

生まれては消えたり、

自分たちの中のブームもある。

 

それもまた面白いと思っている。

 

僕はこの、あふれ出てくる

僕たち二人だけの「愛の習慣」を

この先も大切にしたいと思う。