ラブ・ライフハック

「自由な毎日を過ごし、幸せに生きる」二人のブログ

「電柱が立っているのはあなたのせい」な訳がない

「原因自分論」「自己責任論」

最近、SNSでもよく見かけるようになった。

 

いい時代だな、と心底感じる。

 

今までは「七つの習慣」のような

自己啓発本でしか知りえなかったこの考え方が

簡単にSNSで知ることができるのだから。

 

もちろん本質は理解できないにしろ、

そのような素敵な考え方を知る

きっかけを持てるだけでも十分だと思う。

 

ただ、危険な一面もある。

中途半端に理解された原因自分論は

何よりも自分を殺すナイフになりうる。

 

事実、僕は「中途半端な原因自分論」に

殺されかけた人間だから、よくわかる。

 

僕は昔、情報商材ネットワークビジネス

足を踏み入れかけていたことがある。

 

もちろんセミナーにも足を運んでいた。

セミナーでは、所謂「意識高い系」が

いかにも好きそうな内容の物も多かった。

 

人間の深層心理や「成功」哲学、

「成功者」の「マインドセット

などなど…

 

その中には、原因自分論や

自己責任論のセミナーもあった。

 

そのセミナーの冒頭では、

こんなことを問いかけられた。

 

「世の中の出来事すべてが

自分のせいだと思えるか?

 

極端な話をしよう。

電柱がここに建っているのが

自分のせいだと思えるか?

 

これこそが自己責任論だ!」

 

…と。

 

今思ってもなかなかなパワーワードだ。

 

だが、青二才どころか

青零才だった当時の僕は、

目をキラキラさせてうなずいていた。

 

そこでは、こう考えていた。

 

「そうか、世の中の全ての出来事は

『自分が原因』で起きているんだ…!」

 

「電柱が立っていることも、突き詰めれば

『自分に責任がある』んだ…!」

 

「よし、これからは身の回りで起きる事象は

自分に責任があり、自分が原因だと考えるぞ!」

 

と、意気込んでいた。

 

一見、原因自分論や自己責任論を

理解しているようにも見える。

 

文字通り、「原因や責任は自分にある」

と考えているからだ。

 

そして、この考え、

いや、この「誤解」こそが

最も自分を殺しかねないナイフだ。

 

なぜなら、この考え方は単に

 

「自分の責任である」

「自分に原因がある」

 

と、自分を責めるだけになり、

自己肯定感が下がってしまい、

ひいては自分を傷つける可能性が高いからだ。

 

僕も例外ではなった。

 

この考え方をしていた時は、

何か都合の悪いことが起きると

 

「すべて自分のせいだ…」

「自分に責任があるんだ…」

「自分に矢印を向けなきゃ…」

 

と、とにかく自分に責任があると

自分に言い聞かせ、

そして自分を責めた。

 

今となっては、当時の僕は

原因自分論を勘違いしている

典型的なパターンだと考えている。

 

これはあくまで持論だが、

原因自分論や自己責任論は、

 

「すでに終わってしまった事実」

に対して自分が原因である、あるいは、

自分の責任である、と思うことではない。

 

「目の前にある出来事に対して、

自分はどのような選択をとり、行動するか」

を考えることだと僕は思う。

 

先ほどの極端な例でいうならば、

 

「ここに電柱が立っている」

 

という「事実」に対して、

 

「この電柱は、自分たちが電気を使って

生活するためにここに立っている。

 

この電柱が通行の邪魔になっている。

これはここに住んでいる

僕たちのせいだ…」

 

と思うことは、

原因自分論でも自己責任論でもない。

 

「ここに電柱があるけど、

明らかに通行の邪魔になっている。

 

どこかに掛け合えば移動してもらえるかな?

一度調べてみよう。」

 

と考え、行動することが

原因自分論・自己責任論だ。

 

…極端な例になってしまって

かえってわかりにくくなってしまった。

もう少しわかりやすくします。

 

例えば、バイト先で

自分が教育係になっている後輩が

何か失敗をしたとしよう。

 

間違った自己責任論は、

 

「後輩がミスをしたのは俺のせいだ…」

 

と目の前の事実の原因ばかり考え、

そして自分を責め、落ち込むことだ。

 

正しい自己責任論は、

 

「後輩がミスをしてしまった。

この作業は確かに分かりにくいから、

共有のチェックリストを作ってみよう。」

 

と考え、行動することである。

 

つまり、

 

「現在から過去にベクトルが向いている

(今の事実の原因を探る)」

のは自己責任論ではなく、

 

「現在から未来にベクトルが向いている

(目の前の事実に対して、自ら選択し行動する)」

のが自己責任論だ。

 

「今、あなたの目の前に電柱が立っている」

 

ことがあなたの責任な訳がないのだ。

 

その電柱に対してどうアクションをとるか?

あるいは何もアクションをとらないのか?

 

未来に向けてその選択をすること、

そしてその選択に責任を持つこと。

 

これこそが正しい「自己責任論」だ、と

僕は考えている。